2010年12月14日
さよなら母さん。そしてお帰り。
今夜も日付が変わる前に投稿できませんでした。
でも日付・時刻を遡って投稿できるのがミリブロの良いところ。
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今日は朝から母の告別式へ出席する準備。
前日に用意した母のお棺へ詰める旅支度のアイテムを玄関へ。

AM8:30に迎えに来た兄と共にコンビニに寄って、母のためにお茶のペットボトルを購入。
その後タクシーで斎場へ。
空まで母のために涙を流してくれていたかのような昨夜からの雨は上がり、曇り空でも少し寒さが和らいだ日。
告別式には親族の他に、忙しくてスケジュールが一杯一杯だったはずの会社の上司も来てくれました。
無事告別式を終え静かに眠る母の額へ私の額を当て最後のお別れ。
用意してあった衣類やバッグなどをお棺に納め、献花台の花もお棺一杯に詰めて火葬場へ送りました。

火葬して約1時間後にお骨になった母を引き取りました。
通夜・告別式・火葬まですべて完結する斎場(ワンストップソリューション?)だったので、生前の母が苦手だった車の移動が無くて良かった。
葬儀は12:30に無事終了。
葬儀後の会食は新宿の靖国通り沿いにある母が好きだったお蕎麦屋さんに14:00から予約を取ってあったので、一旦母のお骨を持って帰宅。
お帰りなさい。母さん。
お骨を仏壇の前に安置して、代わりに小さい遺影を持って会食の場へ。
母がまだ元気な頃、友達と伊勢丹や三越で買い物したり、ギャラリーで絵を見たりした際に立ち寄っていたらしいお蕎麦屋さん。
「海老天丼とそばが好き」と母から聞いていたので、母を偲ぶ為に親族一同で海老天丼そばセットを食べました。
兄と私はビールも一杯。他の親類はみなウーロン茶。(駄目兄弟

お店には前日にランチタイムに座敷席を10名で予約したい旨を問い合わせしました。
海老天丼とお蕎麦が好きだった母の告別式後に、喪服集団が時間に余裕が無ければお骨を持って伺う旨を正直にお話しました。
断られるかなと思ったら、「故人のためにも是非おいでください」とのありがたいお言葉をいただいての訪問。
靖国通りと明治通りの交差点、野村證券ビルのB1F。
新宿の喧騒を忘れられる、落ち着いた雰囲気のちょっとホッとできるお店でした。
母が大好きだった海老天丼とそばのセット。
ここ数日ほとんどものが食べられなかったのに、とても美味しくて完食できました。
ランチタイムの一人1000円前後の食事なのに座敷を借り切りにして貰えて、親族と母の思い出話に浸れました。
会食中は母の小さい遺影をテーブルの上に。なんか一人だけ何も食べさせてあげられずちょっと可哀想。
お会計を済ませ店員さんに店長さんへお礼の伝言をし、お店を出ようとしました。
すると店長さんがお店の出口でお声を掛けてくださり、ご用意いただいていたのか「お供え用にお持ちください」と母の分の海老天そばセットを渡してくださいました。

明らかにイレギュラー対応の持ち帰りセット。
本当に、本当に嬉しかった。
今AM3:00、自宅の仏壇の前に母の遺影とお骨を置き、いただいた海老天丼そばセットをお供えしました。(遅すぎ
母の遺影の表情がなんと嬉しそうに見えることか。
会社関係の方にしか伝わらないフレーズですが、まさに「感動共有」の心を持ったお蕎麦屋さんでした。
いつかまた行きたいお店。 北前そば 高田屋 新宿靖国通り店。
実は今回の母の葬儀について信じられないような縁のお話もあるのですが、それはまた別の日にお話したいと思います。
おやすみなさい。
ご心配いただいている皆様。
私は元気です。(たぶん
ありがとうございます。
これまでの投稿はこちらでサムネイルから閲覧いただけます。
★物欲警報★
PTS ACR用ショートバレルキット
マルイ ガスブロGlock18Cとロングマガジン
WE M14EBR(ストックがMOD0でしたね残念)
5インチフィギュア HALO Reach カーター&KAT
落ちにくい動画サーバー(現在heteml.jpを試用中)
でも日付・時刻を遡って投稿できるのがミリブロの良いところ。
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今日は朝から母の告別式へ出席する準備。
前日に用意した母のお棺へ詰める旅支度のアイテムを玄関へ。

AM8:30に迎えに来た兄と共にコンビニに寄って、母のためにお茶のペットボトルを購入。
その後タクシーで斎場へ。
空まで母のために涙を流してくれていたかのような昨夜からの雨は上がり、曇り空でも少し寒さが和らいだ日。
告別式には親族の他に、忙しくてスケジュールが一杯一杯だったはずの会社の上司も来てくれました。
無事告別式を終え静かに眠る母の額へ私の額を当て最後のお別れ。
用意してあった衣類やバッグなどをお棺に納め、献花台の花もお棺一杯に詰めて火葬場へ送りました。

火葬して約1時間後にお骨になった母を引き取りました。
通夜・告別式・火葬まですべて完結する斎場(ワンストップソリューション?)だったので、生前の母が苦手だった車の移動が無くて良かった。
葬儀は12:30に無事終了。
葬儀後の会食は新宿の靖国通り沿いにある母が好きだったお蕎麦屋さんに14:00から予約を取ってあったので、一旦母のお骨を持って帰宅。
お帰りなさい。母さん。
お骨を仏壇の前に安置して、代わりに小さい遺影を持って会食の場へ。
母がまだ元気な頃、友達と伊勢丹や三越で買い物したり、ギャラリーで絵を見たりした際に立ち寄っていたらしいお蕎麦屋さん。
「海老天丼とそばが好き」と母から聞いていたので、母を偲ぶ為に親族一同で海老天丼そばセットを食べました。
兄と私はビールも一杯。他の親類はみなウーロン茶。(駄目兄弟

お店には前日にランチタイムに座敷席を10名で予約したい旨を問い合わせしました。
海老天丼とお蕎麦が好きだった母の告別式後に、喪服集団が時間に余裕が無ければお骨を持って伺う旨を正直にお話しました。
断られるかなと思ったら、「故人のためにも是非おいでください」とのありがたいお言葉をいただいての訪問。
靖国通りと明治通りの交差点、野村證券ビルのB1F。
新宿の喧騒を忘れられる、落ち着いた雰囲気のちょっとホッとできるお店でした。
母が大好きだった海老天丼とそばのセット。
ここ数日ほとんどものが食べられなかったのに、とても美味しくて完食できました。
ランチタイムの一人1000円前後の食事なのに座敷を借り切りにして貰えて、親族と母の思い出話に浸れました。
会食中は母の小さい遺影をテーブルの上に。なんか一人だけ何も食べさせてあげられずちょっと可哀想。
お会計を済ませ店員さんに店長さんへお礼の伝言をし、お店を出ようとしました。
すると店長さんがお店の出口でお声を掛けてくださり、ご用意いただいていたのか「お供え用にお持ちください」と母の分の海老天そばセットを渡してくださいました。

明らかにイレギュラー対応の持ち帰りセット。
本当に、本当に嬉しかった。
今AM3:00、自宅の仏壇の前に母の遺影とお骨を置き、いただいた海老天丼そばセットをお供えしました。(遅すぎ
母の遺影の表情がなんと嬉しそうに見えることか。
会社関係の方にしか伝わらないフレーズですが、まさに「感動共有」の心を持ったお蕎麦屋さんでした。
いつかまた行きたいお店。 北前そば 高田屋 新宿靖国通り店。
実は今回の母の葬儀について信じられないような縁のお話もあるのですが、それはまた別の日にお話したいと思います。
おやすみなさい。
ご心配いただいている皆様。
私は元気です。(たぶん
ありがとうございます。
これまでの投稿はこちらでサムネイルから閲覧いただけます。
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『年末のご挨拶』(2017 Ver)
『年末のご挨拶』(2016 Ver)
『昨日の今日でマイナーチェンジ』
『HK416との最後の戦いが終わりました』
『来たよ来たよ!\(•ㅂ•)/』
『アホの子なので塗り直し』
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『HK416との最後の戦いが終わりました』
『来たよ来たよ!\(•ㅂ•)/』
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いやぁホント、自分のことのように泣けますわ・・・いろんな思い出があるでしょうからね。 この悲しみも時が癒してくれますよ、それは決して「忘れる」という事ではなく、「安らかな思い出」として心のなかに留め置かれる事なのだと思います。
「北前そば 高田屋 新宿靖国通り店」 さすが蕎麦屋。心遣いが沁みますな
どもです。
中尉もお父様を亡くされてさぞお辛かったことと思います。
母の介護は病状の進行に伴って辛く感じることもたくさんありました。
自分の知っている母が少しずつ壊れていく恐怖と悲しみ。
それでも一日でも長く生きていて欲しいと思った葛藤の日々。
母は「あと4年生きたい」と口癖のようにいっていましたが、残念ながらそれは叶いませんでした。
時間が解決...全てを忘れるのではなく、楽しかった思い出を大切に残して行こうと思います。
暖かいコメントありがとうございました。
どもです。
>これからは本当にずっと一緒にいられるような感覚
本当にそんな感じです。
何やってても見られてるような気がして、あまりグータラできずにちょこちょこ片付け物をしてます。
でも母の物は手書きのメモ一枚たりとも捨てられそうな気がしません。
先日お母様の記事を拝見させていただいて、たまたま マルイ ロングマガジン というキーワードで先ほどミリブロ検索させていただいたところ、こちらの記事にいきあたりました。そこで先日記事を拝見したことを思い出し、書き込みをさせていただいた次第です。
私は両親が比較的若い時分の子だったからか、幸い両名とも存命ですので、とてもご心中を慮ることもできませんが、せめてお母様の穏やかな安息を心よりお祈りさせていただきます。
おそば屋さんの部分を拝見して、こういう人(お店)があるということを知ると、私は自分がまだまだの人間なんだなぁと実感致しました。
この不景気のご時世に商売などは事更世知辛くなりがちですが、このおそば屋さんは、壁さまのお心に大きな安らぎを提供されたことと存じます。おかげさまで私まですこし心が暖かくなったように感じました。こういう人たちを本当のプロというんでしょうね。
壁さまの中にお母様の温かい思い出が残りますように。合掌。
どもです。
暖かいお言葉ありがとうございます。
今の会社の同僚や上司、役員、社長からも大変ご厚情を賜っており、私も母も幸せ者だと思っています。
WEBで知り合った友人や、Blogを見ていただいていた方々からも多くの励ましをいただいて本当に感謝しています。
それらの全ての方々そして亡き母が何より望むのは、私が母の死を乗り越えて元気に毎日を暮らすことだと思いますので頑張っていこうと思います。
(でもきっと時々弱音を吐く)
コメントありがとうございました。
辛い時の他人の優しさは嬉しいものですが、きっと御自身とお母様も他者をいたわれる方だから、それが返ってきているのでしょう。
お辛い時もまだたくさんあるようにお見受け致します。
私は弱音くらい吐かないほうがどうかしていると思いますよ。
乗り越えないといけない、などと思われずに、辛いときは辛いと言って誰かの言葉を待ってみたらいいんだと思います。
元気じゃないといけないんじゃなく、自然と幸せを感じられるような、うまく言葉になってませんね、でもきっとお母様も多くの方の力を得ておられる壁さまを天国からご覧になって、喜んでおられることと存じます。
またコメントを寄せさせていただきます。
くれぐれもご自愛ください。